村松いえ松村です。

人への伝え方、伝わり方、広報、ブランディング、健康、語学、ピアノ

論理が全てではない

お疲れ様です。

 

 

 

最近色んな人と話していて、頻繁に出くわす考え方があります。

 

それは、頭ではわかっている、理性的にはわかっている、論理的にはもっともなんだけど、

心が伴わない、感情では受け入れたくないということです。

 

 

自分の正しさを主張したいあまり、論理、論理の一点張りで来られてしまうと、受け入れられない人、

飛び移った方が良いと、頭ではわかるけど、感情では元の山に期待を抱いてしまい、

現状維持をしてしまう人などなど、

気持ちが原因で、心から賛成できないという事が多いのではないでしょうか。

 

 

気持ちなんてその人だけのものだから、客観的に見ると極めて非論理的なもの、

正しくないものと考えられることが多いと思いますが、

最近私が感じるのは、その気持ちを考慮することが、むしろ正しいこともあるのではという事です。

 

論理ばかり大切にし、言葉を選ばなかったり、相手の気持ちを考えずに出た発言は

いくら論理的で、客観的な発言であっても、相手には刺さらず、相手の心理的距離も離れてしまうので、心からの同意を得るのは難しくなってしまいます。

 

そうではなく、相手の気持ちを汲む、大切にする発言ができたら、

相手からの心理的距離も近づき、自分の意見も聞いてもらいやすくなるのではないでしょうか。

 

つい、論理が全て正しいと思いがちですが、

人間は自分が良いと思わないと受け入れられない生き物なのですから、

客観性だけでなく、感情から同意してもらえるような配慮をできれば、

人との無駄な対立もなくなるのではないかなと思います。

 

ふと思ったことなだけあって、全く言語化が出来てませんし、

伝えたいと思っていることの感覚の50%程しか伝わらない内容になってしまいました。

 

もっと考えを深めて、リライトするくらいちゃんとした自分の言葉にできるよう、

日々考えて参ろうと思います。

 

では。