村松いえ松村です。

人への伝え方、伝わり方、広報、ブランディング、健康、語学、ピアノ

作品と商品

本を書く人、料理を作る人、写真を撮る人、

世の中にはいろんなものを生む出す人がいて、

生み出されたものに価値を感じた人が、対価としてお金を払い、それを購入する。

 

何かをつくる人にとって、自分が心底作りたいと思って生み出した渾身の作品が、

価値を認められ、誰かに購入され、その人達が嬉しそうになる姿が見られた時の達成感と言えば何事にも代えがたい高揚感となるのであろう。

 

ただし、それが自分の「作品」である限り。。。

 

自分がこれが正しい、これは面白い、絶対いける、と根拠のない自信を持っていても、

他人の視点から見るとその良さが全く受け入れられない場合がある。

 

そして、その他人の視点というのは、

作品の作者とそれを売る販売者が異なる場合に

よく問題となってくるのではないだろうか。

 

良かれと思って作ったものが、販売目的のために、歪められ、

作者の意図したものが伝わらない「商品」として変身を遂げる。

 

より多くの人に届ける、購入してもらう、喜んでもらうためには、

100%自分の意図を流し込んだ「作品」よりも、

もう少し中和された「商品」の方が適しているのかもしれない。

 

ただ、それを事実としてはわかっていても、

心のどこかでは納得できていない作者が

世の中には数えきれないほどいるのではないか。

 

「商品」として何かを作り始めた途端に作者の思い、熱量はどこかに消えてしまう。

 

自分の「作品」を世に広げたいのか、

それともその「作品」が「商品」に変わったとしても成し遂げたい何かがあるのか。

ひょっとすると、それだけの違いなのかもしれない。

 

ただ、自分の気持ちを100%注ぎ込んだものの方が、

作為的に作られたものより、気持ちは伝わるだろうし、

たとえ人数は限られていても、強く共感できる人の心を動かすものになるんじゃないか。

 

表面的なものではなく、もっと芯の部分で勝負したい、

と思いながらその思いが十分に伝えきれない文章に葛藤する休日。