村松いえ松村です。

人への伝え方、伝わり方、広報、ブランディング、健康、語学、ピアノ

学生のうちは遊べ

こんばんはー

 

 

 

今日はよく社会人たちが言っているこのフレーズについて。

 

 

 

言っている人によって意味するところは違うのかと思いますが、

大体の場合「社会人になったら仕事ばっかりで、遊んでる時間がないから

時間のある今遊びたいだけ遊んどけ!」ということを伝えたいのかと思います。

 

 

 

 

 

何が正解かは人によるのでしょうが、半分あっているようで、半分違う気がします。

 

 

 

会っている半分とは、確かに社会人になれば

気まま勝手で行き当たりばったりなスケジュールは成り立たなくなります。

 

故に、大学生までのようなペースで遊ぼうとしても遊べないと思います。

 

 

 

賢く遊ぶというのでしょうか、自分が何をしたいか、それにはどれくらいの期間が必要なのかを考え、あらかじめ予定を空ける、空けてもらえるように周りに働きかけていくことが必要になるのではないでしょうか。

 

 

 

個人的には、遊ぶことが苦手で、

次々とやりたい事、面白そうなことを思いつける人は羨ましいですし、

どんどん遊ぶべきだと思います。

 

何でも楽しく遊べる人はすごいと思います。

新しい発想、着想が次々と浮かんできているわけですから。

 

 

 

ただ、仕事がつまらないから遊ぶことをその憂さ晴らしと考えている場合は、

その人のアドバイスは真に受けない方が良いかと。

至って無責任な人だと思うので。

 

 

 

 

 

発想が思い浮かんだ瞬間にメモすることの大事さを一日のうち何回も感じます。

それだけ、無駄にしてしまっているアイデアがあるという事ですが。

言語化、大事です。

一歩ずつ

お久しぶりです。

しばらく更新をさぼっていました。

 

 

 

濁して言うと、大事にしていたものを失い

そのショックでしばらく無気力でした。

 

 

 

今はそのことを直接ひきづってはいませんが、

依然として、特にやる気がみなぎってくるわけではありません。

 

 

 

 

最初は、やる気が出るまで動かないでおこうかとも思っていましたが、

一向に改善する気配がなく、

このままでは時間を無駄にしてしまう、

けど何すればいいんだという状態が続き、

ただ心の中で焦るだけの日々。

 

 

 

 

 

そこで最近思っているのが、

ただ待っていても状況がよくなることはないのではないか、

やる気が急に0から100へと一瞬のうちに変わることはないのではないかということです。

 

 

 

 

 

 

 

つまり、何が何だかわからないけど、

取り敢えず重い腰を上げて何かする、

その中で何か面白くなる工夫をする、

面白みを探す等、

地道に取り組むことで、

振り返ってみればいつの間にか夢中になっていた、

となることがやる気があるとわかる瞬間なのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今までの人生を一瞬のうちに変えてしまう出来事が起こった場合は、

また別かもしれませんが、

そう簡単にそうしたイベントが起きるような波乱万丈な人生は稀だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

なので、庶民代表の人生を送る私の身としては、

そうした大きな出来事に期待するのではなく、

自分で低空飛行なりにも自分を動かし続けることが必要なのだと思います。

 

 

もちろん、何の確証もありませんし、

心のエネルギーがない状態で自分を動かし続けることは大変です。

 

 

 

 

それでも、やる気を理由に何もしないようでは、

時間を浪費するだけですし、

いつまでたっても一人前にはなれない気がします。

 

 

 

 

 

 

 

自分がいかなる状況に置かれても、

そこでうまく自分をコントロールしていく力は、

今後非常に重要になってくると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

今、まさに0からのスタートを切ろうとしているわけで、

これから色々実践して、やる気が上がっていくところを自分でも感じ、

その経過をここに残すことで、参考にしてもらえるようになればと思います。

 

 

 

 

 

 

 

それでは、明日からまた頑張りましょう。

思考停止

こんばんはー

 

 

皆さん週末はどのようにお過ごしでしたでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

私の本日

起床

→家で何も出来ない事を恐れ横浜駅

→何もしない

→予定があったことを思い出し慌てふためく

→目的地に行くも門番に阻まれ慌てふためく

→帰宅後友人と作戦会議

→現在

 

という感じで、つまるところあまり何もできていない。

 

 

 

 

 

 

そして告知なのですが、友人と近々noteで記事を書いていくことになりました。

どうなるかは探り探りですが、新たな試みという事でやっていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

このブログでも、そのnoteでもそうなのですが、

何となく不安感があるのは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネタ切れ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これはブログを続けていくためには、致命的です。

 

 

 

 

面白い発想、読み応えのある内容にするためには

常にアンテナを高く張る必要があります。

 

 

 

 

 

 

 

この力をどれだけつけていけるかが今後のカギになりそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただネタ探しが目的になって、

自分が書くことを楽しめない状況を作ってしまわないよう、

もっと大きな目標を見るようにして、続けていければと思います。

 

 

 

 

 

 

それでは、明日からも頑張りましょう。

内定者懇談会

こんばんはー

 

 

昨日は内定先の懇談会に行って参りました。

 

同期、先輩社員色んな人がいて、

慣れない場にいるのは体力がいるなと感じました。

 

 

 

 

けれど、雰囲気の良い人というのは、

自然と分かるもので、初めてあっただけでも

何となく探り会う必要がないというか安心感を感じます。

 

 

 

 

どれだけいるかわかりませんが。

 

 

 

 

 

 

懇談会での気づきは2つ。

 

 

 

 

 

 

1つ目、話をどんどん面白い方向にもっていくには、自分の中で深く理解してる必要がある、またはどんどん引き出す必要がある。

 

 

 

 

 

特に年が離れるにつれて

何を話したら良いんだと、なりがちで

当たり障りない話になってしまう。

 

 

 

 

あと、ちょっとで面白い方向に持っていけたのに、自分のなかで考えを練り切り返せなかったんが勿体なかったです。

 

 

 

 

けれど、前の自分だったら

もっと早く撃沈していたはずなので、

成長しているということにしておきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2つ目、自分をさらけ出すのと、強がるのは違う。

わざとらしく、他と違うとか、実はこうなんだとかを話すと必死さを感じる。

 

 

 

 

 

 

自分ってこうなんだよねと自分を認めている、分かっているようなふりをしていても、

その中には絶対にそれだけじゃない感情があって、人と比べて優位に立ちたいとか欲を感じる。

 

 

 

 

 

 

 

それが良いか悪いかは人の勝手だが、

自分を分かるって、何かを分かる中で、

最上級に難しい分かるのはず。

 

 

 

 

 

 

 

それを今の時点でこうだと決めつけているのは

思考の停止ではないかと思う。

 

 

 

 

 

 

分析するのは大切だが、答えを急ぐ必要はない。

 

 

 

 

 

こういう面もあるけど、逆の面もあるんだよね、何でだろうって素直に分からないことを

曝せる方が潔さを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

人によって捉え方は色々でしょうが。

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず濃そうな集団という感じだったので、もっと発掘していきたいですね。

 

 

 

 

 

では、

 

 

 

 

読書の仕方

こんばんはー

 

今日はNewspicksで石黒浩さんの記事を見つけ、読んでみると、おー大事そう、やってみよう!と思うことがありました。

 

 

それは常に考え続けること。

そして、自分のアイデアをメモしていくこと。

 

 

何がきっかけで妙案が浮かぶか分かりません。

自分なりに考え続けること、答えのないものに自分なりの答えをつけていくことが、人間を人間たらしめているのだと言う感じです。

 

 

 

 

 

そして、今日考えたことの一つ。

 

 

 

 

 

 

読書の目的について。

 

 

 

 

 

 

最近色んな本を読んで新しいアイデアを得たい!と思っていたのですが、ふと、なぜ読んでいると一言一句理解しないといけないのだろうと思うようになりました。

 

 

あくまでも本には筆者の考えが書かれているだけで、僕がしたいのは筆者の考えを丸々自分の価値観にしてしまうことではありません。

 

 

 

 

それを読むことで、考え、感じ、自分の中に新たな気付きが得たいのです。

 

 

 

 

 

 

 

そう考えると、全ての内容を理解する、という読書は必要ではないのでは?と思い、

要約さえわかれば、主旨は伝わるし、

それだけも新たな気づきにはなりそうだ、

ということでFlierなんて良いのではと

考えています。

 

 

 

 

 

 

 

しかーし、読書の目的はそれだけではないことに気がつきました。

 

 

 

 

読書をする意味、それは筆者の言葉の使い方

書き方そのものを吸収するということです。

 

 

 

これは要約を読んでもてにいれることは出来ず、その筆者が自分の言葉で書いた原著でしか感じとることができないのです。

 

 

 

自分と違う表現方法を本を読むことで存分に感じ、自分の新たな表現へと繋げていく。

それもまた読書によって得ることの出来る

一つの産物ではないかと思います。

 

 

 

以上要約すると、

読書の目的は以下の2つです。

 

 

・書いた人の情報を学ぶ

 

・書いた人の表現を学ぶ

 

 

 

イデアと表現力は、

今私が最も欲しいものです。

 

 

 

 

どんどん吸収していきますよー

 

 

 

 

 

では!

 

 

自分に出来ることをする

お疲れ様でした。

今日は大学に遅れていた書類を提出し、インターンへ。

 

インターンでは、

ここへ来てようやく電話対応を経験しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

別に敵が電話をかけてきてるわけでもないですが、緊張します。

 

 

電話がなったその時、一瞬「うっ、きたか」と

感じてしまう私がいます。

 

 

得たいの知れない何かに遭遇しそうで、

臆しているのでしょうか。

 

 

 

 

まだまだ失敗することを恐れています。

 

 

 

他の人には譲らないくらいの勢いで

飛び付いていけるようになります。

 

 

 

 

 

話は変わり、今日は「嫌われる勇気」で語られる課題の分離の話について。

 

 

 

 

 

 

 

これは私のなかでも今非常に悩ましい課題なのですが、相手の課題は相手次第で、我々が土足で踏み込むものではありません。

 

 

 

 

 

 

そう思ってはいるのですが、なかなか難しい。

自分の思うようにならないとき、何で相手はこうなんだ!っとつい思ってしまうのですが、

どう思うかは相手の勝手で、私たちの思い通りにいくものではないのです。

 

 

 

 

じゃあ、どうすればいいのか。

 

 

 

 

 

 

 

相手の部分は相手にゆだね、自分が出来ることに集中する。これに尽きます。

 

 

 

 

 

 

ただこれが難しい。

相手に絶対的な信頼が出来てないんでしょう。

 

 

 

 

 

じゃあ、信頼せず、疑いをかけることに

何か良いこと、目的はあるんでしょうか、、、

 

 

 

 

 

 

 

あまり深いところまで今は考えられるほど

頭が冴えてないので、ここに書きなぐり

考え直します。

 

 

 

 

 

これから友人と共同で記事をnoteに投稿したり、インターンでも執筆の機会を頂けそうで、どんどん色んな文章を書くことが増えるかと思います。

 

 

 

 

自分の考えを言葉に表し、より多くの人に発信していく。

対人だけ話していても届かない人に、

インターネットを、使うと何処まで届くようになるのか、広がりを見られるのは今から非常に楽しみです。

 

 

それと同時に、読んでもらえる記事って何なんだということを常に意識しながら書き続けなければいけないので、日々勉強です。

 

 

頑張ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一歩踏み出す

はい、こんばんは。

 

今日は週一回だけ行く学校へ。

一日だけでも、学校へ行って普段会わない人に会うだけで、新しい会話になり面白い。

 

僕の友人で全く別々のコミュニティーの友人だと思っていたら、実は繋がっていたとか、

僕の留学していた大学から来ている留学生に、ごはん食べようと誘ってみたら、

全然話したことなかったけど、留学話で盛り上がったり、一緒に来ていた友達と話せたり。

 

何がきっかけで、何が繋がったり、生まれたりするか分からないし、

けど、そういう繋がりって、本当にちょっとしたことから起こるから面白いんですよね。

 

だから、一つのことに捉われて、その箱の中からいつまでも抜け出そうとしないと、

自分で自分の可能性を制限してしまっているんでしょうね。人って思っている以上に可能性を秘めていると思います。

 

 

 

 

 

さて、毎回毎回前置きが長いんだよと言われそうで、書き方を工夫しなくてはと思うのですが、なかなか変えられずにいます(思考の停止状態)が、そろそろ本題に。

 

 

 

 

 

私はここで懺悔しなくてはいけない事が一つあります。

 

 

 

 

 

 

それは、、、

 

 

 

 

 

 

 

 

大学に提出しなくてはいけない書類(締め切りは昨日の17:00)がまだ提出できておりません。

 

非常に迷惑をかけているとも思っているし、期限を守っていないことに関しては自分の計画性のなさに猛反省なのですが、言いたい部分はそこではないのです。

 

 

 

 

 

何か不都合があると、決まりが悪いからと、私を含め黙りこんでしまう人がいると思います。

 

そんな人に一言

 

 

 

 

 

 

 

 

黙らずに、正直に伝えれば死にません。

 

 

 

 

例えば、私はあー期限切れてしまってる、となりましたが、

学生センターへ先ず行きました。

 

 

僕:「この書類、期限過ぎてるの分かってるんですけど、いつぐらいまでなら提出可能でしょうか?」

職員:「みなさんの分が揃わないと作業できないので、出来るだけ早く欲しいんですが、いつ頃なら出せますか?」

僕:「これとこれの準備が出来てないんですが、いついつまでには揃いそうなので、この日までの提出でよろしいですか?」

職員:「わかりました。では、それまでにお願いしますね。」

僕:「ありがとうございます、よろしくお願いします。」

 

 

 

 

 

。。。

 

 

 

 

 

 

期限切れてたけど、とりあえず問題ありませんでした。

 

 

 

もし僕が、「げ、期限切れてる、なんか言われるのやだな、取り敢えず放っておこう」

としていたら、期限後の提出を交渉できるともわからず、

相手からは「何やってるんだこいつ、作業が進まないじゃないか」と思われたかもしれませんし、

更にいろんな人から連絡がきて、催促されたり、お叱りを受けたりしていたかもしれません。

 

 

そうやって、ずっとすっきりしない状態が続くくらいなら、先にこっちから言ってしまった方がはるかに気持ちも楽だし、事が前に進みます。

大体、最悪の場合を人は予想してしまうので、そんな事起きませんしね。

 

 

 

 

 

 

じゃあどうやったらその一歩が踏み出せるのか。

 

 

 

自分で責任を負う覚悟を持つことです。

 

 

 

 

 

自分がしてしまったことを素直に認め、

その上でじゃあ自分は何をするのか、を考え、伝え、実行するのです。

 

 

 

 

 

大体何かから逃げる時って、自分でその結果を受け止める勇気がない時ではありませんか?

 

怒られるのが怖い、馬鹿にされたくない、自分のプライドを傷つけたくない。等

 

自分を守りたい一心で、現実から目を背けようとしてしまう、

結果的には自分で自分を苦しめるだけなのに。

 

 

 

怒られたって良いじゃないですか、

人から笑われ、恥をかいたって良いじゃないですか、

格好悪くても良いじゃないですか。

 

それくらいじゃ死にませんし。

 

後になったら、ただの笑い話になりますよ。

 

 

 

 

 

これって何かを始められない原理とも同じ気がして、

「こうだから」とか「分からないから」とか

そういう理由を並べて始められない今の自分を肯定化したいだけで、

実際は、その行動に伴う結果に自分が責任を取る勇気がないだけです。

 

 

 

自分がどうなっても良い、と思えるなら、自ずと行動に移せるはずです。

責任を負うことから逃げてはいけません、

ずっと自分に嘘をついて生きることになりますから。

 

 

 

 

随分偉そうなこと書くなと思われるかもしれませんが、

かくいう僕自身も踏みだす勇気がなくて悔しく思う日々の繰り返しです。

 

 

なので、自らが責任を負う勇気を体現できるよう、

日々精進しなくてはと思っております。

 

それでは、頑張ってまいりましょう。